ひまわりの種197 [勝利]

ヘミングウェイの名作『老人と海』の中の一節(いっせつ)に、こうあります。

『人間は負けるように造(つく)られてはいないんだ。』


確かにそうだと思う。

人間は、負けるようには造(つく)られていない・・!

けれど、世間を見ると、人生に破(やぶ)れ、敗北していってしまう人たちもいる。
そのために、命を捨ててしまう場合もある。

なぜだろう・・?

それは、やはり、何かが狂(くる)っているからだと思う。

本来、人間は、負けるようには造(つく)られていない!
けれど、自分の生命の、なにかの狂い、歪(ひず)みが生(しょう)じ、さまざまな敗北、不幸が生まれてしまう。

その生命の中の狂い、歪(ひず)みが、いったい、どこから生まれてくるのか?といえば、実は、それは、間違(まちが)った宗教や思想によって、起こってくる!!

人は、宗教には無頓着(むとんちゃく)だし、宗教など関係ないと言う・・。

けれど、本当は、生命に起こってくる狂い、歪(ひず)み、そしてそこから、もたらされる『不幸』は、間違った宗教、間違った思想から、もたらされる・・!!

人は、そのことには、まったく気づかない・・・。

日本にはびこる葬式仏教(そうしきぶっきょう)にしろ観光宗教にしろ、神社信仰にしても、それらは、明らかに間違った宗教です。
それは、ちょっと考えればわかりますし、仏法哲学(ぶっぽうてつがく)をひもとけは、完全に間違った宗教であることが、わかります。

正月になると、観光気分で、神社や仏閣(ぶっかく)に行きますが、気持ちは、わからないでもないですが、そんなところにいっても、なんの足(た)しにもなりません。さっきも言ったように、それらの葬式仏教にしろ観光宗教にしろ、神社信仰にしても、明らかに間違った宗教です。間違った宗教であるがゆえに、どんなに真剣に祈ったとしても、逆に、幸せになるどころか、さまざまな形で不幸が、もたらされてしまいます。

それが、日本の葬式仏教であり観光宗教であり、神社信仰です。

不幸の根源(こんげん)には、必ず、間違った宗教があるんです・・。

その間違った宗教が、さまざまな形で、自分の生命に悪影響を及(およ)ぼし、生命の狂い、歪(ひず)みを生じ、本来、人間は負けるようには造(つく)られていないのに、さまざまな敗北、不幸を生んでしまう。


本来、人間は、負けるようには造られてはいない・・。

人間が本来、持っているエネルギーは、すごいんだと思う。

無限の可能性、無限の力・・。

だから、その人間が本来持っている無限の力、無限の可能性を引き出し、開花させることが求められる。

その・・本来、人間が持っている無限の可能性、無限の力を引き出し開花させていける決定的方法が、実は、創価学会が実践(じっせん)している、南無妙法蓮華経を、となえる仏法(ぶっぽう)の信仰なんです。

・・・
さきほど、間違った宗教が、人に不幸をもたらすと言いましたが、だとしたら、逆に、正しき宗教は、人間に幸せを、もたらすはずです。また、それが本来の正しき宗教です。

人間の持っている本来の力(ちから)を引き出す。

人間は、本来、負けるようには造られてはいない。

その人間の中にある力(ちから)を、無限に引き出し、開花せさ、幸せを勝ち取っていける方法が、創価学会が実践(じっせん)している、南無妙法蓮華経をとなえる仏法(ぶっぽう)の信仰なんです。

南無妙法蓮華経とは、人間が本来持っている蘇生(そせい)の力(ちから)なんです。

究極(きゅうきょく)の勝利の力(ちから)、究極の蘇生(そせい)の力が、『南無妙法蓮華経』なんです。

だから、南無妙法蓮華経を、となえていった時、自分の中から、勝利の力、蘇生の力、希望の力が、わき上がり、決して負けないで幸せを勝ち取っていける。

それが、『南無妙法蓮華経を、となえる』ということなんです。

ゆえに、創価学会の人たちは、さまざまな悩みや問題を乗り越(こ)えて、希望と勇気と蘇生(そせい)の力によって、夢や希望をかなえ、幸せになっていけるんです。だから、創価学会は、世界192カ国に広がっている。


ヘミングウェイが言うように、『人間は、負けるように造(つく)られていない!』

そして、負けるように造られていない人間の力(ちから)を、無限に引き出し開花させ、幸せを勝ち取っていけるのが、創価学会の南無妙法蓮華経を、となえる仏法(ぶっぽう)の信仰なんです・・・!


nice!(1) 
共通テーマ:日記・雑感

nice! 1