ひまわりの種240 [生活]

池田先生(創価学会インターナショナル会長)が、言っています。

『学会員(創価学会員)のなかには、かつては、社会の底辺(ていへん)で宿命(しゅくめい)に泣き、来る日も来る日も、ため息まじりに生きてきた人たちが少なくない。その庶民が、決然(けつぜん)と頭(こうべ)を上げて、あの地、この地で、社会建設の主役となって、表舞台(おもてぶたい)に踊(おど)り出たのだ。

そこに、創価学会が成し遂(と)げてきた民衆教育の、刮目(かつもく)すべて偉大な功績(こうせき)がある。』

確かに創価学会は、昔は、貧乏人(びんぼうにん)と病人の集まりだと、言われた。けれど、その人たちが、ことごとく蘇生(そせい)し、貧乏人は裕福(ゆうふく)になり、病人は健康になって、人生を勝利していった。そして、その人たちが、今の世界192カ国に広がる、世界が期待し賞賛する、 素晴(すば)らしい創価学会を作り上げていったと言えます。

その創価学会の、かつては社会の底辺にいたような人たちが、世界の平和と幸福にもたらした功績(こうせき)は、計(はか)り知れない・・!
そして、これからも、世界中の宿命に泣き苦しんでいるような、さまざなな人たちを、創価学会は救い、幸せにしていくことでしょう。

その中で、注目すべきは、創価学会が、このひとりひとりの悩みや問題を、現実に、ことごとく解決してきた!ということです。

時代は変化しているけれど、現代でも、さまざまな問題がある。試練(しれん)がある。精神的な病気も、蔓延(まんえん)していると思う。

社会における、あるいは人間における、どの問題をとっても、大変な難事(なんじ)であり、解決していくことは困難です。

けれど、そのどんな問題であっても悩みであっても、それを、ことごとく解決していける力(ちから)が、創価学会の南無妙法蓮華経をとなえる仏法(ぶっぽう)の信仰には、あります。

だからこれからも、創価学会の南無妙法蓮華経の仏法は、世界中のひとたちの悩みを解決し、幸せと勝利をもたらしていくでしょう。

南無妙法蓮華経を、となえることは、その人の生命を蘇生(そせい)させる。
その人の悩みや問題が、なんであれ、その人自身を輝(かがや)かせ、勇気をもって立ち上がらせてくれる。

人間の中にある、無限といえる可能性を引き出し、開花させていく。

それができるのが、南無妙法蓮華経をとなえる仏法の信仰なんです。

だから、現代というさまざまな試練(しれん)や問題、悩みが蔓延(まんえん)している世の中だからこそ、この創価学会の仏法は、燦然(さんぜん)と光を放(はな)ち、いままで以上に必要な存在になっていく。

世界の有能な識者たちは、そのことにすでに気づき、大きな賞賛と期待を贈(おく)っている。

その人間を立ち上がらせ、無限の可能性を開花させる、真実に人間を幸せにできる唯一(ゆいいつ)の法則(ほうそく)であり力でありエネルギーと言えるのが、創価学会が実践(じっせん)している南無妙法蓮華経をとなえる仏法の信仰なんです・・・。


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ひまわりの種180 [生活]

池田先生(創価学会インターナショナル会長)が、言っています。

『砂漠(さばく)のように乾(かわ)ききった現代社会を潤(うるお)す、真心と励(はげ)ましの泉(いずみ)が、創価学会といってよい。』

確かに、そうだと思う。

ぼくの経験からしても、仕事や、さまざまな辛(つら)いことが重(かさ)なって、心が、荒(すさ)んでいるとき、創価学会の人たちとの交(まじ)わりや、ふれ合いによって、どれだけ、救われたことか・・・。

なぜだか、創価学会の人たちと接(せっ)していると、すさんだ心が消えさり、清々(すがずか)しい、きれいな心になって、帰っていくことが、できる。不思議といえば不思議だけれど、それは、確かにそうだと思う。

なぜ、創価学会の人たちと接していると、すさんだ心が消えさり、清々(すがすが)しい、きれいな心になっていくのか・・・?

それは、まず、創価学会の人たちが、南無妙法蓮華経を、となえているからだと思う。

南無妙法蓮華経とは、生命を蘇生(そせい)させる本源的(ほんげんてき)なエネルギーだと言えると思う。だから、南無妙法蓮華経を、となえていくと、自分の生命が蘇生(そせい)し歓喜(かんき)してくる。そして自分の生命は、清々しく歓喜した状態になっていく。

また、南無妙法蓮華経は、幸せの法則(ほうそく)であり、平和の法則でもあるので、南無妙法蓮華経を、となえて行動していくと、その人の生命は、幸せへ、平和へと向かっていく。

その人々を平和へ幸せへと向かわせる生命の連帯(れんたい)が、創価学会だとも言えると思う・・。
その平和と幸せの連帯である創価学会の活動の中に、身をおいたとき、自分の生命も、平和へ幸せへと、蘇生(そせい)していく。

だから、創価学会の人たちに、ふれていくことによって、すさんだ心や傷(きず)ついた生命は、癒(いや)され、清々しく幸せな生命状態へと、変わっていく・・!

それは当然、自分と自分の人生を、幸せへと、導(みちび)いていくことになる・・!!

だから、創価学会の会合などにいき、創価学会の人たちと接していると、疲(つか)れていた生命が、なぜだか、歓喜して、すがすがしく元気になって、帰っていくことができる。


ある創価学会の婦人が、言っていた。

『創価学会員でなかったら、どれだけ殺伐(さつばつ)とした人生になっていたことか・・・。』


世の中を見ていると、華(はな)やかで、きらびやかなことに、目を引(ひ)かれ気味(ぎみ)です。それはそれで、いいと思うけれど、もしかしたら、人が本質的に求めているものに、欠(か)けているのかもしれない。

ほんとうの意味での生命のぬくもり・・。本当の意味での生命の充実感(じゅうじつかん)・・。本当の意味での人間としての証(あかし)・・。

人は、そういうものを求めて、生きているのかもしれない。

けれど、過酷(かこく)な世間という人生の中に生きていると、ふと気づくと、殺伐(さつばつ)とした心の虚(むな)しさ、空虚感(くうきょかん)を、感じることがあるかもしれない。

池田先生が、言っていたそうです。

『現代の地獄(じごく)は、孤独地獄なんだ。』・・・と。

なんともいえない生きていることに対する空虚感(くうきょかん)、殺伐(さつばつ)とした心・・。こころを埋(う)めることのできない砂漠(さばく)のような当(あ)てどころのない心情・・・。

その絶望的な心情が、人を苦しめ、さいなむことも、あるかもしれない。

その絶望的な心情、空虚感・・、殺伐(さつばつ)とした心を、本当の意味で埋(う)めることのできる場所が、創価学会だと言えると思う。

また、人間が求めている本当の意味での価値(かち)。ほんとうの充実。心の底から感じる満足と幸せを味わうことのできるのが、創価学会だとも、言えると思います。

人間が求めているもの・・・。
人間が心から欲(ほっ)し、つかもうとしているもの。

その真実の意味での価値と充実(じゅうじつ)と幸せの力(ちから)が、創価学会の中には、溢(あふ)れていると、いうことです。

その、真実の意味での幸せと充実を、つかむことのできる唯一(ゆいいつ)の力(ちから)でありエネルギーが、創価学会が実践(じっせん)している南無妙法蓮華経をとなえる、仏法(ぶっぽう)の信仰だとも、言えると思います・・・。


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ひまわりの種126 [生活]

創価学会初代会長の牧口常三郎先生が、その創価学会の南無妙法蓮華経の仏法(ぶっぽう)に入信したときの気持ちを、こう述(の)べています。

『言語(げんご)に絶(ぜっ)する歓喜(かんき)をもって、ほとんど六十年の生活法を一新(いっしん)するに至(いた)った。』

生活を一新(いっしん)するほどの歓喜(かんき)!

言葉では、言い表(あらわ)せないほどの歓喜!

それが、創価学会が実践している、南無妙法蓮華経を、となえる、仏法(ぶっぽう)の信仰なんです。

南無妙法蓮華経は、生命における究極(きゅうきょく)の蘇生(そせい)の力(ちから)なんです。
だから、南無妙法蓮華経を、となえていくと、生命が蘇生(そせい)し、いままで感じたことのない歓喜を、味(あじ)わうことになっていく。

そして、自分の生命そのものが、変革(へんかく)されていく!!

それは、そのまま、自分の人生を、変革していくことに、つながっていき、幸せに向かって、未来を大きく開いていくことに、なっていく。

また、南無妙法蓮華経の生命を蘇生(そせい)させる力(ちから)は、自分のさまざまな悩みや困難を、解決する力となり、今まで、どうしても解決できなかった悩みを、解決することに、なっていきます。

だから、言語(げんご)に絶(ぜっ)する歓喜なんです!

だから、生活を、一新(いっしん)する歓喜なんです!

すなわち、南無妙法蓮華経を、となえる、仏法の信仰は、幸せをもたらす太陽のように、自分の生命に、かぎりなく大きな希望と歓喜と幸せを、もたらすんです!!

それは、実際にやってみないと、わからないし、体験しないと、わからない。

だから、わからなくても、ともかく、やってみることです!!

その時、自分の生命に太陽が昇(のぼ)り、自分のもっている、さまざまな悩みが解決したり、生命に感じる大きな変化を、自分で、体験していくことでしょう。

その証拠(しょうこ)として、創価学会は、世界192カ国に広がり、世界中の人たちに、幸せと勝利を、もたらしています・・・。


それが、創価学会が実践している、生活を一新(いっしん)するほどの歓喜であり、言葉に言い表(あらわ)せない歓喜である、南無妙法蓮華経を、となえる、仏法(ぶっぽう)の信仰なんです・・・。


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ひまわりの種99 [生活]

1953年当時、創価学会インターナショナル会長の池田先生が、ある青年を、励(はげ)ましています。その青年は学歴(がくれき)もなく、「どうせ、おれなんか・・」と卑屈(ひくつ)になっていた。そのとき、池田先生は、言い切ったそうです。

『外見(がいけん)や職業で人を見る。もってのほかだ。そんなものは仏法(ぶっぽう)と何の関係もない。むしろハンデがあるからこそ力(ちから)をつけられる。大きくなれるんだ。こんな痛快(つうかい)なことはないじゃないか』

こうして、名も無い庶民を励(はげ)まし、現実にその一人一人を蘇生(そせい)させ、悩みや問題を解決し、幸せにしてきたのが、創価学会の歴史だと思う。

だから、創価学会は、世界192カ国にも広がり、世界中から、人も、うらやむような素晴らしい青年や人材が、続々と、でてきている。

それは、過去も、現在も、今そこにいる一人を徹底(てってい)して励まし、夢や希望に向かって蘇生(そせい)させ、幸せにしてきた結果であり、それが、現実に、だれでもできるのが、創価学会が、実践している南無妙法蓮華経を、となえる仏法の信仰なんです。

ぼくが思うに、歴史上、これ以上の快挙(かいきょ)は、ない!!と思う。

人間にとって、最も大切な課題は、何か?

それは、幸せです。いまそこにいる一人一人の幸せです。人々は、それに向かって、模索(もさく)し、進んでいると言っていいと思う。

その最も困難な一人一人の幸せに、スポットを当て、確実に、最高の形で、その一人一人を幸せにしてきたのが、創価学会です。

それは、世間から見捨てられたような人である場合も、あるかもしれない。世間では、だれも見向きもしなかった名も無い庶民である場合も、あるかもれしない。

その名も無い庶民のひとりひとりを、現実に、幸せにしきってきたのが、創価学会です!

どう考えても、これ以上、素晴らしい快挙(かいきょ)は、ないと思う。

それを、実際に、最高の形で実現してきたのが、創価学会であり、それを可能にした素晴らしい力(ちから)が、創価学会が、実践してる南無妙法蓮華経を、となえる仏法の信仰なんです・・!


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