ひまわりの種334 [希望]

池田先生(創価学会インターナショナル会長)が言っています。

『御本尊(ごほんぞん)は、なぜ大切なのか ------ 。

それは、御本尊への「信」によって、私どもの胸中(きょうちゅう)の本尊、仏界(ぶっかい)を開けるからです。

この「御本尊」は、自身の「信心」のなかにこそある、と大聖人(日蓮大聖人)は仰(おお)せです。

妙法(南無妙法蓮華経のこと)の当体(とうたい)である自分自身、人間自身が大事なのです。その胸中の妙法を顕(あらわ)すためにこそ、御本尊が、こよなく大切なのです。』

ちなみに「ご本尊」とは、創価学会の人たちが南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)をとなえて祈る対象で、仏(ほとけ)の生命そのものを、あらわしたものであり、自分の生命そのものを、あらわしたものでもあり、その必ず幸せになっていける仏(ほとけ)の生命が、自分自身の中にあることをあらわしたものが、ご本尊(ほんぞん)です。

そのご本尊がなぜ、大切かというと、自分たちの胸中(きょうちゅう)の本尊、自分の中にある本尊、仏界(ぶっかい)を開くためだという。

自分の中にある本尊、仏界(ぶっかい)を開くといっても、わからないと思いますが、自分の中にある幸せを開く力、無限の力、計(はか)り知れない無限の可能性を開いていく!ということです。

その幸せを開く無限の力が、『ご本尊』にはある!!ということです。

そして、それは自分の中にあるのだけれど、その無限の力をどうして開花していっていいかわからない。具体性がない。

その具体性がない自分の中にある無限の力を、形として顕現(けんげん)したものが、御本尊だということです。

そして、御本尊を信じ、南無妙法蓮華経をとなえて真剣に祈っていくとき、その自分の中にある、無限の力、幸せになっていける力、智慧(ちえ)や希望、勇気が、まさに自分の中から湧(わ)き上がってくるということです。

だから、創価学会の「ご本尊」は、おすがりするのとは違(ちが)う。
また、棚(たな)からぼた餅(もち)のようなことを期待するものとも違う。

根本は自分自身なんです。

その根本の自分自身に挑戦するために、「ご本尊」はある。

その根本の自分自身に対して、どんなことがあっても絶対にあきらめず、負けないで、自分の可能性、智慧(ちえ)、希望をどこまでもどこまでも開花していくために、ご本尊はある!!

また、自分では思いもよらない可能性、力、運やチャンス、それらあらゆるものを引き出していけるのが、創価学会が、南無妙法蓮華経をとなえている「ご本尊」だと言えます。



人間には無限の力がある。
だれでも幸せになっていける力がある。
だれでも、困難(こんなん)や悩みを乗り越え、勝利していける力がある。

確かにそれは、あるんだけれど、ややもすると人は、そうは思えなくなっていく。

さまざまな状況(じょうきょう)や悩み、困難に押(お)しつぶされ、自分が幸せになれるとは思えなくなってしまうことが多々(たた)ある。まして、自分の中に、無限の可能性、言い換(か)えれば、「無限の宝(たから)」があるとは、なかなか思えない場合もある。そして、時に流され、人生に流され、一生を終わってしまう。

そういうことも、確かに、多々あると思う。

それを打ち破ることが、どれだけ困難か・・・。
その自分の中の闇(やみ)を打ち破ることが、どけだけ大変なことか・・・。
また、それができないから、多くに人が自分が希望する人生を送れず、不幸に沈(しず)んでいってしまう・・・。

その闇(やみ)、絶望、苦しみ、悩みや困難を、根底から打ち破るために、『ご本尊』はある!
また、それができるのが、創価学会が信じ、祈っている「ご本尊」です。


ご本尊は、自分の中にある、「幸せになる力」を現実に引き出す!!
絶望を消し去り、希望を生み出す!!
本来、人間は幸せになるために生きている。
そして、その幸せになるために無限の力を引き出し、困難を乗り越え、勝利していける。

その本来、人間がもっている、幸せになる力を無限に引き出し、悩みを乗り越え、夢や希望をかなえて勝利していけるのが、創価学会の南無妙法蓮華経をとなえる仏法(ぶっぽう)の信仰であり、創価学会が信じ祈っている『ご本尊』だと、いうことです・・!

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ひまわりの種328 [希望]

アメリカの良心と言われる、ノーマン・カズンズ博士が、言っています。

『世界中で原爆(げんばく)よりも強力なのは、人間の精神の力(ちから)だけです。』

創価学会インターナショナル会長である、池田先生が、言っています。

『一人の生命が最も尊厳(そんげん)であり、宇宙大の力と智慧(ちえ)と可能性を秘(ひ)めていることを明確に説(と)き明かしたのが、私たちが探求(たんきゅう)し実践する大仏法(だいぶっぽう)です。』


ノーマン・カズンズ博士が言うように、人間の精神には、計(はか)り知れない強力な力がある。
また、池田先生が言うように、一人の人間の中には、宇宙大の力と智慧(ちえ)と可能性が秘められている。

創価学会(そうかがっかい)の人たちがやっていることは、その一人の人間の中にある、無限(むげん)の力と可能性、その一人の人間に秘(ひ)められた、精神の力がどれだけスゴイか!ということの証明(しょうめい)だと思う。

すなわち、創価学会が実践(じっせん)している、南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)をとなえる、仏法(ぶっぽう)の信仰には、人間の中に秘められた、知恵と力、可能性を、無限に引き出していく力がある!ということだと思う。



確かに、人間の中には、無限の知恵と力、可能性が秘(ひ)められいる。

それは、だれだってわかる。
けれど、それは単(たん)なる一般論(いっぱんろん)であり、世間でいうところの、「人間の中には、無限の知恵と力、可能性が秘(ひ)められいる。」というのには、具体性(ぐたいせい)がなく、それが直接的(ちょくせつてき)に、悩みの解決や夢の実現、さまざまな環境(かんきょう)や世界を変えていく現実的な方途(ほうと)とはならない。

「確かにそうだよね~」
「人間には無限の可能性があるよね~~。」

ということであり、何の解決策(かいけつさく)にも、人生を切り開く力にもなっていかない・・。

けれど、創価学会が言うところの、『人間の中には、無限の知恵と力、可能性がある!!』というのは、まったく意味が違(ちが)ってくる。

それは、現実であり、現実に実行可能なことであり、現実に、無限の智慧(ちえ)と力、可能性を切り開いていける!!ということです。

ようするに、現実に、悩みを解決していけるし、夢や希望をかなえていける!し、環境と世界を、より良く、平和に、幸福にしていくことができる!! ということです。

その現実を変えていくことのできる力(ちから)が、創価学会が実践している、南無妙法蓮華経をとなえる、仏法(ぶっぽう)の信仰だということです。

たとえば、なにかの悩みがある。
どうしても解決(かいけつ)したい・・!

そんな時、創価学会の人たちは、「よし、創価学会の信心によって、必ず解決してみせる!」と決め、真剣にご本尊(ほんぞん)に南無妙法蓮華経をとなえていく。

ちなみに、ご本尊とは、仏(ほとけ)の生命そのものを、あらわしたものであり、自分の生命そのものを、あらわしたものでもあり、その必ず幸せになっていける仏(ほとけ)の生命が、自分自身の中にあることを、あらわしたものが、ご本尊(ほんぞん)です。

そして、仏法の実践活動である創価学会の活動に挑戦していく。

そうしていった時、本当に悩みが解決していく。そして、より幸せになっていける!

また、なにかの夢や希望がある。

その時、創価学会の人たちは、当然、その夢や希望の実現のための具体的な努力はするとして、それにプラスアルファするかたちで、創価学会の信心に挑戦していく。

『必ず、この願いをかなえてみせる!!』と真剣にご本尊に南無妙法蓮華経をとなえ、仏法の実践である創価学会の活動にも、真剣に挑戦していく。

そうしていったとき、さまざまなことが積(つ)み重(かさ)なり、運を引き付け、まわりの人たちも味方(みかた)にして、本当に夢や希望をかなえることができていく。

それが、創価学会(そうかがっかい)の信心です。

どんな過酷(かこく)な運命であったとしても、どんな絶体絶命(ぜったいぜつめい)のピンチであったとしても、この創価学会の南無妙法蓮華経をとなえる仏法の信心によって、『悩みを解決することが、できた!!』『夢や希望を、かなえることができた!!』と、歓喜(かんき)の声をあげることが、できる。

現実に、そうなっていけるのが、創価学会の信心です。

また、それが、創価学会の歴史です。

その、ひとりひとりが、悩みを解決し、夢や希望をかなえていった積(つ)み重(かさ)ねが、世界192カ国に広がる、創価学会になったわけです。


ノーマン・カズンズ博士が言うように、人間の精神には、原爆(げんばく)よりも強力な力がある。
また、池田先生が言うように、一人の人間の中には、宇宙大の力と智慧(ちえ)と可能性が秘められている。

その生命の無限の力を、自分の人生の中で開花させ、自分の生命で体験し、勝利と幸せをもって、味わっていけるのが、創価学会の、南無妙法蓮華経をとなえる仏法(ぶっぽう)の信仰だということです・・・!

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ひまわりの種325 [希望]

以前、聖教(せいきょう)新聞に、ある創価学会(そうかがっかい)に新しく入会した壮年の体験がのっていました。

その壮年(そうねん)の入会のきっかけは、六年前の東日本大震災(だいしんさい)の被災地(ひさいち)で目(ま)の当たりにした創価学会員の医師や看護士(かんごし)はじめ、創価の友の献身(けんしん)の姿だったそうです。

彼は語っています。

「その創価学会の人たちの言葉は苦しんでいる人々の心に染(し)み入る誠実(せいじつ)さに溢(あふ)れていました。
その姿を見る度(たび)に、私は何度も目頭(めがしら)が熱くなりました。」

「疲(つか)れを知らない情熱の根拠(こんきょ)を知りたいと思いました。」

彼は、自分の生き方を根底(こんてい)から変えようと創価学会に入会。さっそく、二人の友も入会に導(みちび)き、共に黄金(おうごん)の人生を歩(あゆ)まれているそうです。


池田先生(創価学会インターナショナル会長)が言っています。

『創価の友の「人の振舞(ふるまい)」ほど、雄弁(ゆうべん)に仏法(ぶっぽう)の素晴らしさを物語るものはない。
友のため、地域のため、社会のため、真心を尽(つ)くす、わが同志の「振舞」の積(つ)み重ねが、知らず知らすのうちに、無数の仏縁(ぶつえん)を結(むす)び、育(はぐくみ)み、広げてきたのだ。

時代は一段(いちだん)と我らの価値創造(かちそうぞう)の行動を求めている。』


人の振舞(ふるまい)は、ウソをつけない。

人の振舞には、真実が込(こ)められている。

とくに、何かあって、大変な時は、そうかもしれない。

そんな時、光るのが、創価学会の人たちの、仏法(ぶっぽう)の信仰によって培(つちか)った生命の輝(かがや)きであり、その振舞だと思う。

確かに、いいかげんな三流雑誌などを読んで、創価学会を良く思っていなかった人であっても、なにかの機会に、創価学会の人たちの振舞にふれ、見方が180度変わったということは、たくさんある・・!!

創価学会の人たちの振舞が、多くの感動をもたらしたことも、多々(たた)あると思う。

それは、人間としても、人生という道からしても、創価学会が間違(まちが)っていない!ことを表(あらわ)している。

また、間違っていないだけでなく、人生にとっても、人間にとってもプラスになり、幸せと希望と勝利をもたらす、大きな大きなエネルギーであることがわかる。

率直(そっちょく)に言えば、それが、創価学会の人たちが実践(じっせん)している、南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)をとなえる、 仏法の信仰なんだと思う。

もとより、その創価学会の南無妙法蓮華経の仏法(ぶっぽう)は、人間にとっても人生にとっても、生き方としてプラスになるだけでなく、現実に悩みや苦しみを解決する力(ちから)となっていく。現実に、夢や希望をつかむ強力なエネルギーになって、その人々に夢や希望をかなえさせ、幸せを実現している。

要(よう)するに、創価学会の南無妙法蓮華経をとなえる仏法の信仰は、人間としても生き方としても素晴らしいだけでなく、人間として、人生として、素晴らしい生き方をするがゆえに、その素晴らしい結果として、悩みを解決できたり、夢や希望をかなえていけるようになっていく!ということです。

すべてにわたって、人間としても、人生としても、自分の夢や希望にとっても、自分の悩みの解決のためにも、なんの矛盾(むじゅん)もなく、すべてを叶(かな)え、実現していける、ものすごい法則(ほうそく)であり、力(ちから)だということです。

それが、創価学会の、南無妙法蓮華経をとなえる、仏法の信仰です。


ともかく、池田先生が言うように、時代は、創価学会の哲学(てつがく)を求めている。生きることに対する確固(かっこ)たる価値(かち)と希望と力(ちから)を求めている。

その絶対の価値となるもの。絶対の希望となるもの。どんな悩みや困難があったとしても乗り越(こ)え、解決していける、夢や希望をかなえていける決定的な法則(ほうそく)であり力となるものが、創価学会が実践している、南無妙法蓮華経をとなえる、仏法(ぶっぽう)の信仰だということです・・・。

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ひまわりの種318 [希望]

オーストリア政府の元文部次官であり、声楽家(ソプラノ歌手)である、サイフェルト博士が、言っています。

『創価学会(そうかがっかい)の皆さまとの出会いは、常(つね)にとても心温(あたた)まる、真心のこもった深い触(ふ)れ合いでした。本当に私の人生が変わったので、非常にありがたいと思っています。

もっとSGI(創価学会インターナショナル)が発展(はってん)すること。
--- これが私の願いです。

なぜなら、今ほど人々が確かな哲学(てつがく)を求めている時代はないからです。』

この言葉に対して、池田先生(創価学会インターナショナル会長)が、言っています。

『私たちの信奉(しんぼう)する日蓮大聖人(にちれんだいしょうにん)は、「人のために火をともせば・我(わ)がまへあき(明)らかなるがごとし」と言われております。
こうした共生(きょうせい)の哲学(てつがく)が、ますます大事になってきています。「自分さえよければいい」という利己主義(りこしゅぎ)がはびこれば、地球は痩(や)せ細るばかりです。

自分が幸せになろうと思えば、まず自(みずか)らの地域を安穏(あんのん)にしなければならない ----この「自他不二(じたふに)」の心が未来を豊(ゆた)かにします。

何より、私たちSGI(創価学会インターナショナル)は、平和と友情と幸福の縮図(しゅくず)であると確信しています。だからこそ、この創価のスクラムをさらに広げられるよう、努力していきたいと思っております。』


サイフェルト博士が、言っています。

『今ほど人々が確かな哲学(てつがく)を求めている時代はない。』

確かな哲学とは、なんだろうか?

それは、現実を打開(だかい)できる哲学だと思う。

混沌(こんとん)とした時代の中で、現実に自分の人生を切り開いていけるのか・・!
現実に自分の悩みを解決していけるのか・・!
現実に、自分の夢や希望をかなえていける力(ちから)となるのか・・!
そして、現実に、揺(ゆ)れ動く時代の中で、確固(かっこ)とした、崩(くず)れない幸せを築(きず)いていけるのか・・!

ここに、問題があり、注目が集まる。

そして、混沌(こんとん)とした時代の中でも、現実に人生を切り開き、現実に幸せを勝ち取っていける哲学(てつがく)が、創価学会が実践(じっせん)している、南無妙法蓮華経をとなえる、仏法(ぶっぽう)の信仰だということです。

だから、サイフェルト博士は、もっと創価学会が発展することを、願っているんです。

また、世界中の善意(ぜんい)の有識者たちが、創価学会に大きな期待(きたい)を抱(いだ)いているのも、そのためです。


だれでも、悩みがある。それは、ひとりひとり違(ちが)う。状況(じょうきょう)も違えば環境(かんきょう)も違う。ひとりひとりの個性も境遇(きょうぐう)も違う。けれど、どんなに、ひとりひとりの悩みが違っていても、そのひとつひとつに、ことごとく対応(たいおう)して、悩みを解決 してける!それが、創価学会の南無妙法蓮華経の仏法(ぶっぽう)です。

また、だれでも、夢や希望がある。ひとりひとりが違う願い、希望をもっている。そして、そのひとりひとりの夢や希望に対応して、現実に人生を切り開き、夢や希望をかなえていける哲学(てつがく)であり力が、創価学会の南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)の仏法だということです。


真実の哲学とは、人生と離(はな)れたところにあるものではない!よくある、空理空論(くうりくうろん)ではない。
せっぱ詰(つま)った、現実の悩みや希望、その悩みや希望に、直接的に対応し、自分の目の前の人生を切り開いていけるもの・・・!

それが、創価学会の仏法の哲学であり、仏法の信仰です。

だから、今ほど、この創価学会が実践する、『仏法(ぶっぽう)』を求めている時代はない。ただ、それを、わからないだけなんです。

すべての人が求めている幸せ、希望・・!

その希望と幸せの本質(ほんしつ)に、直接的に結(むす)びつくもの・・・!

それを、人々は、欲(ほ)しくて欲しくて、しょうがない。

そして、その希望と幸せの本質に直結(ちょっけつ)し、現実に悩みを解決し、現実に夢や希望をかなえていける哲学(てつがく)が、創価学会が実践している、南無妙法蓮華経をとなえる、仏法の信仰だと、いうことです・・・!


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ひまわりの種310 [希望]

池田先生(創価学会インターナショナル会長)が、言っています。

『希望がなければ、希望をつくればよい。
光がなければ、自分が太陽になればよい。

一人の人間が、わが生命に「希望の太陽」を輝(かがや)かせていくならば、その光彩(こうさい)は、わが家族、わが地域、わが国土(こくど)を照(て)らしながら、必ずや大いなる変革(へんかく)を可能にするのであります。』


世の中は、さまざまだ。
人間も、さまざまだ。

問題も、いろいろ、あると思う。
環境(かんきょう)が悪い。世の中が悪い。
あの人が悪い。この人が悪い。

数えていたら、きりがないほど、さまざまな問題があり、その分、悩みもあるかもしれない。

すべてがうまくいく職場、あるいは人生は、ないかもしれない。

その中で、どうしていくか。
その中で、どうして、幸せを勝ち取っていくか・・。

現代という時代は、確かに、希望の見えづらい、光が届(とど)きづらい世の中と言えるかもしれない。

でも、だから、あきらめるのか?
だから、世の中に文句(もんく)を言って、なげやりに過(す)ごすのか?

違(ちが)う!

希望は、自分でつくるしかない!!

希望がないのなら、つくればいい!
光がないのなら、自分が太陽になればいい!

自分が、希望になり、太陽になっていったならば、その自(みずか)らの生命の輝きによって、まわりも輝いてきて明るくなっていく。幸せになっていく。当然、その輝きの中心に自分がいるんだから、 自分も明るく輝いき、幸せになっていく。

そこに、幸せをつかむ、ひとつの布石(ふせき)がある。

けれど、これは、理屈(りくつ)では、わかる。だけれども、具体的(ぐたいてき)な方法がわからない。
自分が太陽となり輝くといったって、どうしたらいいか、わからないし、現実味(げんじつみ)がない。

みずからを太陽と輝かせるもの・・。
みずからの生命から光を放(はな)ち、周囲(しゅうい)と世界を照らし出していけるもの・・!

その決定的な何か!が必要となってくる。

そして、その、現実的で、決定的な方法が、創価学会(そうかがっかい)が実践している、南無妙法蓮華経をとなえる、仏法(ぶっぽう)の信仰だということです。

生命の輝き、生命から放(はな)たれる幸せの力・・。

その生命を輝かせるもの、生命から放たれる幸せの力(ちから)そのものが、創価学会の人たちが、日々、となえている、『南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)』だと言えます。

発電所(はつでんしょ)が、電気を作り出すように、南無妙法蓮華経は、人間の生命の中から、生命力を作り出してていく。わき上がらせていく。だから、南無妙法蓮華経をとなえることは、生命の中から、幸せの輝きを、発電所のように作り出し、その人を太陽のように輝かせる。

幸せの光、希望の光、勇気の光、蘇生(そせい)の光を作り出し、その人を太陽のように輝かすのが、創価学会が実践(じっせん)している、南無妙法蓮華経をとなえる、仏法(ぶっぽう)の信仰だということです。

その光は、やがて、悩みを解決する力(ちから)となり、夢や希望をかなえていく力となる。また、病気などを克服(こくふく)する大きな力ともなっていく。

自分の生命そのものが、蘇生(そせい)し、輝いていったならば、それは、あらゆる面で、その人を幸せにしていく。そしてそれは、家族や地域、職場を照らす光となり、地域を、社会を、そして世界を幸せに輝かせていく結果にもなっていく。

太陽が一つだけれど、世界を照らし出すことができるように、ひとりの人間であっても、自分が希望となり、自分が太陽となっていくことによって、家族も、地域も、世界も、幸せに変えていくこてが、できる。

それを、現実の上で、だれでも、可能にしたのが、創価学会の、南無妙法蓮華経をとなえる、仏法の信仰だと言えます。

だから、自分が、希望になればいい。自分で希望をつくればいい。光がなかったら、自分が太陽になればいい。

それが、人生の上で、確実に、本当に実現できるのが、創価学会の、南無妙法蓮華経をとなえる、仏法(ぶっぽう)の信仰だと、いうことです。


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ひまわりの種308 [希望]

池田先生(創価学会インターナショナル会長)が、言っています。

『苦悩(くのう)の渦巻(うずま)く悪世(あくせ)の社会である。しかし、この現実の場所を離(はな)れて、仏(ほとけ)の国土はどこにもない。

ゆえに、日々どこまでも題目(だいもく/南無妙法蓮華経のこと)を唱(とな)え抜(ぬ)きながら、自(みずか)らの生命の仏界(ぶっかい)を涌現(ゆげん)し、勇気凛々(ゆうきりんりん)と眼前(がんぜん)の環境(かんきょう)を切り開いていくのだ。

希望の方へ、成長の方へ、団結(だんけつ)の方へ、さらに勝利の方へ、変えていくのだ。

そして、人間の一念(いちねん)の偉大(いだい)さを、「今ここ」で、断固(だんこ)と証明していくのである。』

人間の一念(いちねん)の偉大さを、証明していく・・。

人間の一念には、それこそ、ものすごい力(ちから)がある!ということだと思う。

そして、人間の一念の力を、無限(むげん)に開いていく力が、『南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)』にはある!ということだと思う。

だから、『南無妙法蓮華経を、となえていく』んだと思う。


人生には、苦難(くなん)は、尽(つ)きない。

時として、負けそうになってしまうこともある・・。

それは、自分の一念が、負けていると、いうことです。

そんな時でも、南無妙法蓮華経をとなえていくことによって、人間の一念の力を、無限に開花させていくことが、できる。

だから、負けない。だから、勝っていける。

だから、無限の知恵と創造力(そうぞうりょく)を、湧(わ)き上がらせながら、人生に挑戦(ちょうせん)していける。

それが、『南無妙法蓮華経を、となえる』ということだと思う。

どんな時でも、どんな場所でも、どんな環境でも、南無妙法蓮華経をとなえることによって、自分の生命を、自分の心を、パッと変え、より良く変革して、前に進んでいける。

それが、南無妙法蓮華経をとなえることの、スゴみだと思う。


自分の一念(いちねん)を変えていくことは、小さいことのようだけれど、あらゆるものを変えていく。

自分の一念を変えていくことによって、まず、自分の生き方が変わる。
自分の生き方が変わるということは、自分の未来が変わるということであり、自分の人生が変わるということです。

そして、自分が変わることによって、家族や周りの人々、職場や環境(かんきょう)が変わっていく。

職場や環境が変わっていくということは、世の中を、世界を変えていくことになっていく。

そして、それは、結局(けっきょく)のところ、自分を最高に幸せにすることになり、また、世界を幸福に、平和にすることになっていく・・・!

それが、『一念(いちねん)を変える』ということなんです。

だから、一念を変えるということ、一念を変えられるということが、どれだけスゴイことかが、わかると思います。

ただし、一念を変えるといっても、そう簡単(かんたん)にできるものでは、ありません。
簡単に変えられたら、人生はたやすいけれど、変えられないから、大変だ。

だから、『南無妙法蓮華経』が必要なんです。
『南無妙法蓮華経を、となえる!』ことが、必要なんです。

南無妙法蓮華経を、となえることは、一念を変える、唯一(ゆいいつ)にして、究極(きゅうきょく)の方法なんです。

これしかない!!と言ってもいいでしょう・・。

だから、創価学会の人たちは、幸せになっていけるんです。
現実に、さまざまな、あらゆる悩みを解決し、また、さまざまな夢や希望をかなえて、幸せになっていけるんです。

それも、これも、一念を変革(へんかく)していけるからです。

その一念を変える、唯一(ゆいいつ)にして、決定的で、現実的な方法が、創価学会が実践(じっせん)している、南無妙法蓮華経をとなえる、仏法(ぶっぽう)の信仰だと、いうことです・・・!


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ひまわりの種299 [希望]

カナダに住む、リプトンさんという創価学会員の女性が、います。

彼女は、病(やまい)のために自信が持てず、人と話すことが苦手だったけれど、創価学会(そうかがっかい)の信心に励(はげ)んで病気を克服(こくふく)。その姿に触(ふ)れ、母親も創価学会に入会したそうです。

そのリプトンさんが、言っています。

「不安に押(お)しつぶされそうな日々を、希望と感謝(かんしゃ)に満(み)ちあふれた人生に変革(へんかく)することができました。」


世の中には、いろいろな人がいる。未来が開け、揚々(ようよう)たる気持ちの人たちもいるかもしれない。
けれど、この暗澹(あんたん)とした現代の世の中の中で、リプトンさんのように、不安に押しつぶされそうな人も、数多くいるのではないかと、思う・・・。

それが、多くの人々の率直(そっちょく)な思いではないかと、言ってもいいのではないかと思う。

そして、リプトンさんが言うように、不安に押しつぶされそうな日々を、希望と感謝に満ちあふれた人生に変えていけるのが、創価学会の、南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)をとなえる、仏法の信仰です。

ある創価学会員の芸能人が言っていたけれど、創価学会の信心をする前は、不安でいっぱいで、「これから、どうなるんだろう・・。」と暗く、マイナスの思いで考えていたけれど、創価学会に入り、学会の信心に励(はげ)む中で、暗く、マイナスの気持ちではなく、逆に、希望と向上(こうじょう)のプラスの気持ちで、「これから、どうなっていくんだろう!(もっと、もっと良くなっていくんだ!)」と考えられるようになった!と言っていたけれど、この違(ちが)いは、スゴイと思う。

このように、創価学会の仏法(ぶっぽう)の信仰が、自分の生命と心、人生と未来に及(およ)ぼす影響力(えいきょうりょく)は、大きく、計(はか)り知れないものがあり、現実に数えきれないほどの人々の人生を幸せに変えてきた。多くの人々の悩みを解決し、そしてその人たちを、夢や希望に 向かって飛翔(ひしょう)させていった。

それが、創価学会だと思う・・!

池田先生(創価学会インターナショナル会長)が、言っています。

『先行(さきい)きの見えぬ社会であり、人びとの不安は広がり、何が起こるかわからない時代の様相(ようそう)を呈(てい)しています。しかし、強盛(ごうじょう)な祈り(創価学会の南無妙法蓮華経をとなえる祈り)があれば、何があっても、必ず変毒為薬(へんどくいやく)していくことができる。信仰とは(創価学会の仏法の信仰とは)無限の力です。無限の希望です。仏法(ぶっぽう)に行き詰(づ)まりはないことを確信して、新しい船出(ふなで)を開始しましょう。』

ちなみに「変毒為薬(へんどくいやく)」とは、毒を変じて薬と為(な)すと、読みくだすことができ、自分にとって、困難(こんなん)なマイナスの出来事であっても、それを逆に薬(くすり)にして、自分の人生を幸せにしていくことができる!ということです。また、それができるのが、創価学会の信心です。

心にもたらされる確信、希望、そしてそのことによって起ってくる人生の変革(へんかく)、幸運、幸せ・・・。

口で言うのは、たやすいけれど、それを現実にもたらすことは、本当に至難の技(しなんのわざ)です。

そしてその、心にもたらされる確信と希望によって、現実に幸運と幸せ、勝利をもたらすことのできる力(ちから)が、創価学会の南無妙法蓮華経を、となえる仏法(ぶっぽう)の信仰です。

はっきり言えば、本当に人生を変革していく力、本当に悩みや困難を克服(こくふく)し、幸せを勝ち取っていく力は、この創価学会の、南無妙法蓮華経をとなえる仏法の信仰しかない!!と断言(だんげん)できます。

だから、この不安定で先行きが見えないような世の中だからこそ、この創価学会の南無妙法蓮華経の仏法が必要になっていきます。また、状況(じょうきょう)が困難であればあるほど、この創価学会の仏法(ぶっぽう)の信仰は輝(かがや)き、威力(いりょく)を発揮(はっき)し、人びとを幸せにしていくことができる!と言えます。

それは、今日、紹介したリプトンさんのように、世界中の人たちが体験していることであり、そのことによって、さまざまな、あらゆる悩みを解決し、夢や希望をかなえる大きな大きな力となって、人びとを輝かせ、勝利をもたらしている。

その困難や苦境(くきょう)を打ち破(やぶ)る、秘宝(ひほう)と言えるのが、創価学会の、南無妙法蓮華経をとなえる、仏法の信仰なんです・・・!


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ひまわりの種284 [希望]

以前、中国の高名(こうめい)な研究者の方々が、宮城県の、創価学会の会館である石巻文化会館や、女川(おながわ)町の仮設(かせつ)住宅、さらに東松島の個人会館で行われた、創価学会の座談会(ざだんかい)を訪問(ほうもん)されたそうです。

いずれも大震災の甚大(じんだい)な被害(ひがい)を受けた地域です。

そこで、最愛の家族を亡(な)くした母や、大切な家を失(うしな)った女性たちが、苦しみや悲しみを乗り越(こ)え、明るく強く人びとを励(はげ)ます姿(すがた)に、中国の研究者の方々は、感涙(かんるい)されたそうです。

「まさに、奇跡(きせき)です!」

「皆さんこそ、母の中の偉大(いだい)な母です!」

「無名の庶民(しょみん)こそ、本当の偉大さがあり、本当の強い心と力があると、感嘆(かんたん)しました。」

等々(とうとう)、格別(かくべつ)の感動を受けたと語られていたそうです。


それを奇跡(きせき)と呼ぶのならば、創価学会がもたらす奇跡は、人間の『こころ』にもたらす奇跡だと思う。

苦難(くなん)や悲しみなど、当然(とうぜん)、ないほうがいいのに決まっているけれど、人生、そうもいかない場合もある。

そして、どんな苦難や悲しみがあったとしても、それをも乗り越え、自分の生命を、強く、大きく、輝(かがや)かせて飛翔(ひしょう)していける力が、創価学会の南無妙法蓮華経を、となえる仏法(ぶっぽう)の信仰にはあるんだと思う。


人間のこころは、わからない。ほんのわずかの差(さ)で、絶望(ぜつぼう)に向かったり希望に向かったりする。

けれど、その小さな違(ちが)いが、やがて行動となり、夢や希望をかなえたりして、幸せを勝ち取る結果となっていく。

ほっといたら、どんどん絶望の心が押(お)し寄(よ)せてきてしまうような状況(じょうきょう)の時でも、創価学会の、南無妙法蓮華経をとなえる仏法(ぶっぽう)の信仰は、その人に太陽のような希望と強さを、もたらしてくれる。

そして、絶望を打ち負かし、勝利と幸せの心を、輝かせてくれる。

だから、創価学会の人たちは、悩みや困難を乗り越えて、幸せになっていけるんです。

生命の変革(へんかく)、
蘇生(そせい)のドラマ、
暗(あん)から明へ、
絶望から希望へ、
諦(あきら)めから挑戦へ、

それを可能にする、最強無敵の力が、創価学会の、南無妙法蓮華経をとなえる仏法の信仰なんだと思う。

また、創価学会の南無妙法蓮華経の仏法は、それだけではなく、未来を開く、幸せを引き寄(よ)せてくる、最強の法則(ほうそく)であり、宇宙のエネルギーだとも言えるので、さまざまな角度で、あらゆる面で、その人を守り、幸せにしていく働きをしていく。

幸せになっていく、これ以上の法則であり力(ちから)は、ない!と言えます。

だから、勝っていけるんです。
だから、困難を乗り越えていけるんです。
そして、幸せをつかんでいける!

それが、困難も悲しみも、絶望も打ち破(やぶ)り、太陽のような幸せを勝ち取っていける、創価学会の、南無妙法蓮華経をとなえる、仏法(ぶっぽう)の信仰なんです・・・。


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ひまわりの種283 [希望]

池田先生(創価学会インターナショナル会長)が、創価学会の南無妙法蓮華経を、となえる仏法(ぶっぽう)の信仰について、言っています。

『無限の宝(たから)は、わが胸中(きょうちゅう)にある。生命それ自体(じたい)が、宝の集まりである。その宝を、自由自在(じゆうじさい)に引き出すのが「信心(創価学会の信心)」なのである。

自分だけではない。人も幸福にしていける。社会も、そして世界も、善(ぜん)の方向へと変えていける。
信心こそ、若き友に贈(おく)る最高の財産(ざいさん)なのである。』


よく言うことだけれど、生命は、無限の宝、無限の可能性、無限の希望とも言えます。
けれど、具体的(ぐたいてき)に、どうしていいか、わからない・・・。
また、人の才能や大きな成功を、うらやむことはあっても、実際(じっさい)、自分の中に無限の宝、無限の可能性があるとは、なかなか思えないようなところも、あると思います。

でも、その、自分の中にある宝を、自由自在に引き出すのが、創価学会の南無妙法蓮華経の仏法(ぶっぽう)だという。

生命という自分の中の宝に、無限の希望、無限の可能性があることはわかっても、それを引き出す、現実的な方法がわからない。だから、自分の中の無限の可能性、無限の希望と言われても、それほど、インパクトをもたない場合もある。

なぜなら、具体性がないからです。

ところが、創価学会の南無妙法蓮華経の仏法は、違(ちが)う!

ものすごく具体的で、現実的な方途(ほうと)を示(しめ)している。

だから、それを実行していくことによって、どんな人でも、どんな悩みでも、解決していけ、さまざまな夢や希望もかなえていくことができる。また、それをやってきたのが創価学会です。

だから、創価学会は、世界192カ国に広がっている。

それは、言い方を変えれば、それぞれの一人一人が、自分の中にある生命の宝を、自由自在に引き出してきたということです。空想(くうそう)や理想ではなく、現実に自分の中にある宝を引き出すことができたから、創価学会の人たちは、幸せになっていったんです。

そして、それは、自分だけでなく、あらゆるものを、幸福にしていける。社会も、世界も、より良く、正義(せいぎ)と平和の方向に変えていくことができる。

これほど、スゴイ力(ちから)はないんです。

それが、創価学会の、南無妙法蓮華経を、となえる仏法(ぶっぽう)の信仰なんです。

そして、幸せをつかむ上で、これ以上確実で、これ以上素晴らしい方法もないんです。

それが、創価学会の南無妙法蓮華経の仏法です。

だから、どんな悩みがあったとしても、どんな苦難(くなん)が押(お)しよせてきたとしても、夢や希望に、どんな壁(かべ)が立ちふさがっていたとしても、この南無妙法蓮華経をとなえる、創価学会の仏法の信仰によって、自分の中から、生命の宝を、自由自在に引き出しながら、人生を勝っていける。

その決定的で、唯一(ゆいいつ)の力と言ってもいいのが、創価学会の南無妙法蓮華経をとなえる、仏法の信仰なんです・・・!


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ひまわりの種280 [希望]

池田先生(創価学会インターナショナル会長)が、言っています。

『学会(創価学会)は、「日本の柱(はしら)」です。これからも何があろうと頭(こうべ)を上げて胸を張(は)り、一切(いっさい)を「変毒為薬(へんどくいやく)」しながら、強く朗(ほが)らかに、戦い抜(ぬ)き、そして勝ち抜いていきましょう。』

ちなみに、変毒為薬(へんどくいやく)とは、読みくだすと、「毒を変じて薬と為(な)す」と読める通り、自分の人生に降(ふ)りかかってきた、さまざまなトラブル、苦難(くなん)、普通考えたら、不幸としか思えない、さまざまなショックな出来事であっても、それを逆に薬(くすり)に変えて、幸せを勝ち取っていくことを言います。

だから、創価学会の南無妙法蓮華経をとなえる仏法(ぶっぽう)の信仰には、そのどんな苦難も逆に薬に変えて幸せを勝ち取っていく力(ちから)がある!ということです。

池田先生が言っています。

『創価学会は、日本の柱(はしら)です。』

なぜ?そう言えるのでしょうか・・。

創価学会ではない人から見たら、それは疑問(ぎもん)に思うかもしれません。

創価学会が日本の柱だというのは、別に創価学会員に特別な能力があるとか、抜きん出た才能(さいのう)があるとか、なにか権力をもっているとか、そういうこととは、まったく違(ちが)います。

みんな普通の同じ人間です。けれど、創価学会が日本の柱だというのには、やはり、何かがあるんだと思います。

それは、世界を幸せにしていく力(ちから)だと思います。自分の人格(じんかく)すべてを駆使(くし)して、世界をより良く正し、幸せに引っぱり、幸せに変えていくことが、現実の上でできるのが、創価学会の人たちだということだと、思います。

それができるエネルギーであり力であり法則(ほうそく)が、創価学会が実践(じっせん)している、南無妙法蓮華経を、となえる仏法(ぶっぽう)の信仰だということです。

結論からいうと、世界を、人間を、善の方向に、幸せの方向に、希望の方向に、必ず、間違(まちが)いなくもっていく方法は、この創価学会の南無妙法蓮華経の仏法(ぶっぽう)によるほかない!と断言(だんげん)できます。

だから、創価学会の人たちは、『日本の柱』となるんです。

なぜなら、南無妙法蓮華経をとなえる仏法の信仰を、唯一(ゆいいつ)正しく実践しているのが、創価学会の人たちだからです。

南無妙法蓮華経というのは、宇宙の法則(ほうそく)であり生命の法則です。どういうことかというと、それは幸せの法則であり、希望の法則であり、勝利の法則だということです。

生命も宇宙も、考えたら無限(むげん)だし、一言で表現するのは難(むずか)しいかもしれません。けれど、その難しい生命や宇宙、世界や未来を、より良く、幸せに、勝利に、希望に向かわせる力が、『南無妙法蓮華経』なんです。

そして、その『南無妙法蓮華経の法則』を唯一(ゆいいつ)正しく実践することができたのが、創価学会だと言えます。
ゆえにそれは、人間を、世界を、未来を、幸せに、勝利に、向かわせることになります。

それを、現実の上でやっているのが、創価学会の人たちです。

ゆえに、これほど貴重(きちょう)な人たちは、いないとも言えます。

だから、本当は、創価学会の人たちを、どんなに讃(たた)えても讃えきれないとも言えます。

べつに人が讃えなくても、創価学会の人たちは、南無妙法蓮華経の仏法を実践しますが、・・・なぜかと言えば、南無妙法蓮華経をとなえる仏法の信仰を実践していくことによって、自分が幸せになるからです。
自分が勝利できるからです。さまざまな悩みを解決でき、さまざまな夢や希望をかなえていけるからです。そして、そのことがそのまま、正比例(せいひれい)するように、環境(かんきょう)や世界、人類の未来を幸せにしていくことにつながっていきます。

そういう、なんの矛盾(むじゅん)もない、スゴイ!力(ちから)であり法則が、南無妙法蓮華経の仏法なんです。

ゆえに、ほんとうは、これほどスゴイことをやっている人はいないと言えるほど素晴(すば)らしいのが、創価学会の人たちであり、創価学会の、南無妙法蓮華経をとなえる仏法の信仰なんです。

だから、池田先生が言うように、『創価学会は、日本の柱』となるんです。また、これからは、世界の柱、世界の希望となっていくことでしょう。また、善意ある鋭(するど)い世界の有識者たちは、すでにそう思っています。だから、世界の有識者たちは、創価学会に最大の賞賛(しょうさん)と期待を寄(よ)せているんです。

それが、日本の柱と言える創価学会であり、創価学会が実践している、南無妙法蓮華経をとなえる、仏法の信仰なんだと思います・・。


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