ひまわりの種300 [悩み]

ある人は、言う。

「宗教なんかには、とらわれたくない・・!」

確かに、そうかもしれない。日本には、何万という宗教があり、99.9%、それらは常識(じょうしき)から考えれば、くだらないものであり、また、お金をせびり、人びとを不幸にしていった例は、数えきれないからです。また、それらの宗教が、人びとをだまし、単(たん)なる金儲(かねも う)けに利用されてきたのも事実だと思う。

だから、宗教なんかには、かかわりたくない!、とらわれたくない!と考えるのが普通だろう。

けれど、創価学会(そうかがっかい)のことを、とりあげて、「宗教なんかには、とらわれたくない。」と言っているとしたら、話しは違(ちが)ってくる。

もし、創価学会に向かって、「宗教なんかには、とらわれたくない。」と言っているとしたら、まず、その人に言ってあげたいと思う。

「それでは、あなたは、自分に突(つ)き付けられた、さまざまな宿命(しゅくめい)に対して、それらを乗り越(こ)える手段(しゅだん)と手だてを持っているのだろうか?」


人は、皆、全力で生きていると思う。
人それぞれ、夢や希望があり、また幸せになるためにベストを尽(つく)くしているとは思う。

けれど、人生は、やはり、山あり谷ありです。それぞれの人に、さまざまな難問(なんもん)があり、大きな悩みに突(つ)き当たることもある。大変な宿命(しゅくめい)の嵐に見舞(みま)われることもある。

それらの悩みや自分の宿命に対して、人は、当然、なんとかしようと思い、また努力もしていくと思う。

けれど、ほんとうにそれらを解決できるか?、それらの宿命を乗り越(こ)え、幸せを勝ち取っていけるのか?と言えば、当然、なんとかなればいいと、がんばって生きるとは思うけれど、正直なところ、その場その場を、なんとか凌(しの)ぎ、人生をなんとなく、やり過ごしてしまうというのが、 本当のところではないだうか?

根本的な解決策(かいけつさく)がない・・・!
どうしようもないから、なんとか、その日その日、生きるしかない。
簡単に言えば、なるようになるしかない・・。

そんな生き方をするしかないのではないだろうか?

それが、根本的(こんぽんてき)な解決策を持たない人の生き方だと思う・・。

そうではなく、自分の力で、宿命を転換(てんかん)していける!
宿命や悩みを現実に打ち破(やぶ)り、大きな幸せと勝利をもたらしていける!
自身の境涯(きょうがい)をより良く変革(へんかく)していくことによって、自分も、家族も、職場や地域など、自分の周(まわ)りの人びとまで幸せにしていってしまう。その生き方と力(ちから)が、創価学会の、南無妙法蓮華経をとなえる、仏法(ぶっぽう)の信仰なんです。

根本的な解決策を持たない生き方とは、全然(ぜんぜん)違うんです!!

どこまでも宿命を変え、どこまでも幸せになっていける!
それが、創価学会の南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)をとなえる仏法の信仰です。

だから、どんな苦難(くなん)の中でも、希望を持っていける!負けない!!


また、もう一つ言いたいのは、「宗教なんかには、とらわれたくない・・!」と言うけれど、もし、その人が、さまざまな悩みや苦しみ、自身の宿命に苦しんでいるとしたら、その悩みや苦しみ、宿命がどこから来るかと言えば、根本的には、それは、自分が今までたずさわってきた間違(まちが)った宗教が原因(げんいん)になって起っていると言えます。また過去世(かこせ/自分が過去に生きていた時代)に、間違った宗教にたずさわってしまったことが原因で、さまざまな悩みや苦しみ、宿命をもって生まれてしまったと言うこともできます。

不幸の根源(こんげん)には、間違った宗教がある!ということです。

自分がたずさわった間違った宗教が、さまざまな宿命や悩みとなって、自分を苦しめている。
そう、言い切ることができます。

だから、「宗教なんかには、とらわれたくない・・!」と言っていても、その人が、宿命や、さまざまな悩みに苦しめられているとしたら、不幸の根源には間違った宗教があるのだから、その間違った宗教のせいで、さまざまな宿命や悩みに苦しんでいると、言うことができます。

だとしたら、「宗教なんかには、とらわれたくない・・!」と言っていながら、その人は、すでに、『間違った宗教の害毒(がいどく)に、とらわれている!!』と言うことができます。

不幸や悪(あ)しき宿命、悩みの根源(こんげん)には、間違った宗教がある!

だから、「宗教なんかには、とらわれたくない・・!」じゃなくて、すでに、悪しき宗教の害毒(がいどく)にとらわれているのだから、その悪しき宗教の害毒から、自分を、解(と)き放(はな)たなければいけない!ということです。

そして、その悪しき宗教の害毒から、自分を解き放つ唯一(ゆいいつ)の方法が、真実の正しい宗教につく!ということです。

その、真実に正しい宗教というのが、創価学会が実践(じっせん)している、南無妙法蓮華経をとなえる、仏法(ぶっぽう)の信仰だということです。

だから、創価学会の南無妙法蓮華経の仏法(ぶっぽう)を実践するのは、自分のさまざまな宿命や悩み、苦しみから、解き放つためであり、自己の生命を、どこまでも開花させ、夢や希望に向かって、大いなる幸せをつかんでいくためです。

だから、よく言う「宗教などには、とらわれたくない」というのとは、逆(ぎゃく)の意味合いになるのが、創価学会の信仰です。

どういうことかというと、自分のさまざまな宿命や悩み、苦しみを打ち破り、大きく解放し、飛翔(ひしょう)して、幸せをつかんでいく行為(こうい)が、創価学会の信仰だということです。

宗教にとらわれるのではなく、逆に、自分をどこまでも解放していくこと。悩みや問題を解決して、夢や希望をつかむために、どこまでも自分を変えていくこと。それが、創価学会の南無妙法蓮華経をとなえる仏法(ぶっほう)の信仰なんです。

また、それが現実にでき、世界中の人々の悩みや不幸を打ち破り、人々の夢や希望をかなえて幸せにしてきたのが、創価学会です。

ゆえに、宗教にとらわれるのではなく、逆に、苦しみや悩み、不幸や宿命から、解き放ち、どこまでも幸せを開花していけるのが、創価学会の、南無妙法蓮華経をとなえる、仏法の信仰だということです・・・。


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