ひまわりの種268 [希望]

池田先生(創価学会インターナショナル会長)が、言っています。

『きょう、私は、皆さん方と一緒(いっしょ)に宣言(せんげん)したいことがあります。
それは、
「幸福は、励(はげ)ましの絆(きずな)から広がる」
ということであります。』

大震災(だいしんさい)以後、絆(きずな)という言葉がクローズアップされ、人と人との絆の重要性が再認識(さいにんしき)され、問われるようになってきました。

ある方が言っていました。

「震災以後、絆の重要性が大きく評価(ひょうか)されているけれど、創価学会では、昔から、この絆ということを大切にしてきた。その絆を現実に、 どこよりも築(ぎす)いてきたのが創価学会だと言うこともできる。「絆(きずな)」を大切にする創価学会の生き方が、いよいよ求められていく時代になってきた・・。」

確かに、創価学会は、昔から絆(きずな)を大切にしてきた。

それは事実だと思う。

とかく、孤立化(こりつか)し、地域や近所との関わりが薄(うす)れている時代の中、創価学会の人たちは、ともかく、あくまでも、人と会うことを大切にした。自分の足を運び、顔と顔を合わせ、励ましを贈(おく)る。大きく、包(つつ)み込むように人と人との連帯(れんたい)を広げていく。

それを、ほんとうに地道(じみち)にやってきたのが、創価学会だと思う。

けれど、それは地道だけれど、試練(しれん)が大きければ大きいほど、輝(かがや)く。

試練や困難(こんなん)が大きいほど、人は人間としてどうあるべきか、人間として、どう行動していくかが問われ、重要視(じゅうようし)されてくるからです。

そして、日々、それを、やってきたのが、創価学会だと思う。

また、池田先生が、言っています。

『いかに深い苦しみの暗闇(くらやみ)も、幸福の光り輝(かがや)く世界に変えることができる。これが妙法(みょうほう/南無妙法蓮華経のこと)の大哲学(てつがく)です。

この妙法(みょうほう)を唱(とな)えひろめながら、一人一人に、「どんな宿命(しゅくめい)も必ず転換(てんかん)できる!」「どんな人も絶対に幸福になれる!」と言い切って、励まし抜(ぬ)いてきたのが、我(われ)ら創価の師弟(してい)であります。』

創価学会の絆(きずな)は、ひとことで言うと、「絶対に幸福になる」ための絆だと思う。

すべての人の中に、絶対に幸せになる力がある。
すべての人の中に、どんな試練も苦難も悩みも乗り越(こ)えていく力がある。
どんな暗闇(くらやみ)も転換(てんかん)して、幸福の光に変えることができる。

その幸福の絆を、ひとりひとりと結(むす)んできたのが、創価学会だと思う。

重要なことは、それは単なる慰(なぐさ)めや、表面的な言葉ではなく、現実を動かす力(ちから)であり、自分の人生と生命で、実際に体験してきた確信(かくしん)であり、現実にそれが可能であることを、自分が証明し、また結果として人生に勝利してきた証拠(しょうこ)をともなっているということです。

そのあらゆる困難を乗り越える力となり、あらゆる悩みを解決でき、さまざまな夢や希望をかなえていける、現実的で、決定的な力が、創価学会が実践(じっせん)している、南無妙法蓮華経をとなえる仏法(ぶっぽう)の信仰なんです。

仏法の信仰というと、難(むずか)しくて遠くにある感じがするかもしれませんが、要(よう)するに、「絶対に幸せになる絆となるもの」・・、
それが、創価学会の南無妙法蓮華経をとなえる仏法の信仰なんです。

また、世界に、最高の幸せの絆を築くことができるものが、創価学会の南無妙法蓮華経の仏法だと言うこともできます。

実際、それをやってきたのが、創価学会だし、どこの地域でも、苦難や困難が大きければ大きいほど、創価学会の人たちの絆(きずな)は光り、多くの希望と幸せの光となっていると言えます。

マスコミの悪(あ)しきデマなどで、創価学会を批判的(ひはんてき)に見てきた人であっても、実際に創価学会の人たちに触(ふ)れ、その誠実(せいじつ)な行動と人間性に、大きく見方を変えることも、本当に多い。

それが、創価学会であり、創価学会がやってきたことであり、今、最も問われている人間の『絆』を、本当の意味で築(きず)いていける創価学会であり、苦難や悩みを乗り越え、夢や希望に向かって、最高の形で勝利していける、創価学会の、南無妙法蓮華経をとなえる仏法の信仰なんだと、心から思う・・・。


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